雅楽譜の“断片”がひとつの楽へ——IIIFがひらく音の記憶

今朝の沼ニュース 2025-10-20

東京大学ヒューマニティーズ・メタデータセンター(HMC)が、TEI2025/DLfM2025で発表した新しい雅楽譜メタデータの取り組みが静かに話題を呼んでいます。
これまで「巻」単位でしか扱えなかった雅楽譜を、「巻→楽曲→パート譜」という三層構造に再編し、IIIFマニフェストを楽曲単位で生成できるようにしたのだそうです。
参照:HMC公式ニュース(2025年10月)

楽曲単位で“聴ける”雅楽譜へ

これまで断片的にスキャンされていた譜面は、いわば「紙の中の残響」でした。
HMCの新システムでは、各巻の中から特定の楽曲を抽出し、そのIIIFマニフェストを独立して生成。
これにより、同じ楽曲の異本(写本の別系統)を並べて比較したり、旋律や記譜法の差異を検索することが可能になりました。

たとえば「越殿楽」なら、異なる時代・書写者による譜面を画面上で重ね合わせ、細部を拡大して見ることができる。
音ではなく、“書く”という行為の積層を感じ取る研究が現実味を帯びてきます。

雅楽という「構造」へのまなざし

わたしはこの発表を読んでいて、雅楽譜そのものが“データ構造”として見直される瞬間に立ち会っているような感覚を覚えました。
旋律や拍子よりも先に、情報の“編み方”が見えてくる。
それは、音を再生するための道具ではなく、音楽を記録しつづけるための文化的記憶装置としての譜面の姿です。

もしも、IIIF+LOD技術を重ねて、雅楽器の名称や旋律型(旋法)を自動でリンクできるようになれば、「楽曲ナビ」的なサイトが自然に生まれるかもしれません。
あるいは、生成AIが古譜をMIDI化し、失われた曲を仮想的に復元することも……。
さらに先には、書き手の筆跡から譜面の系譜を可視化するツールも夢ではないでしょう。

音が沼のように滲むとき

雅楽は、音そのものよりも「間」や「空気」を聴く音楽です。
HMCの研究が示すのは、その“間”の情報化の可能性。
ひとつの音、一枚の譜面の奥に、千年以上の手の記憶が潜んでいる。

静かな研究の積み重ねが、いつか水面のように音を映し返す日を、ゆっくりと待ちたいと思います。


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